2017年11月02日

大リーグ

今年のワールドシリーズはヒューストン・アストロズの優勝で幕を閉じた。
同球団はかつて1965年に全米で最初に建設されたドーム球場を本拠地としていた。
人口芝もこの球場で初めて採用された。室内球場では太陽光が届かない為
芝生が枯れてしまったからである。

その後いくつかの都市でドーム球場が建設されたが、1990年代から次第に屋外で野球を楽しみたいという風潮が出てきて、その後本拠地をドーム球場から新しい屋外球場に移転する球団が次々と現れた。アストロズもその後、現在の新しい球場でプレーしている。ここは室内球場ではあるが、天気の良い日は屋根が開く様になっている。今、大リーグ30チームの内、完全なドーム球場を使用している球団は2チームのみである。殆どの球団は屋外か、もしくは開閉式のドーム球場を使用している。芝生も人口芝から天然芝へと張り替えられている。

こうした太陽の下で健康的に野球を楽しみたい。というアメリカ人の考え方には共感できるものがある。

HS
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高齢者雇用

10日27日の日経新聞等に高年齢者の雇用状況に関する記事が載っていた。
厚生労働省の発表によると70歳以上迄働ける企業の割合が2017年に22.6%になり、比較できる09年以降
で最高になった。との事である。
これは従業員31人以上の企業16万社を対象に行われたもので、65歳までの雇用確保措置は法定義務になっているが、深刻化する人手不足を受け、さらに年齢の高い人を雇用する企業が増えているそうだ。

人手不足の原因として、少子高齢化で労働人口が減っている事、経済が上向きになり需要が増加している事等が主なものとして挙げられるが、その他に建設、製造(特に中小企業)等での技術者不足、以前3K企業(危険、汚い、きつい)と言われた比較的賃金の低い介護、保育、土木等で働こうとする人が少ない事が指摘されている。

こうした問題の解決に向けて働き方改革等、政府の取り組みに一層期待するところである。

HS




posted by resultsjp at 14:01| Comment(2) | 情報

パレスチナ難民に朗報となるか

閉ざされた空間で不自由な生活を強いられてきたパレスチナ難民に、一灯を投じてくれる
と期待する記事(要約)を紹介します。

10年にわたって2つの地区に分断されてきた中東のパレスチナ暫定自治区では、1日ガザ
地区を実効支配してきたイスラム原理主義組織ハマスが、エジプトとイスラエルの境界に
ある検問所の管理権限を暫定自治政府側(主流派ファタハ)に返還し、パレスチナの分断は
解消に向け大きく前進しました。
イスラエルに対する武装闘争を掲げてきたハマスは、2007年パレスチナ穏健派との抗争を
経てガザ地区の実効支配に乗り出し、パレスチナは10年に及ぶ分断が続いてきました。
ヨルダン川西岸はファタハが、ガザ地区はハマスが支配してきました。
しかし、イスラエル等による長年の経済封鎖で苦しい生活を余儀なくされた住民の不満は
これまでになく高まり、ハマスは強硬路線の見直しを迫られた形です。
国連はパレスチナ難民救済事業を行うことを目的とした、国連パレスチナ難民救済事業機関
(UNRWA)の活動を1950年から開始し、510万人のパレスチナ難民に教育、保健、救済・
社会福祉、人道援助などを行っています。日本リザルツもUNRWAのキャンペーン事務局と
してサポートしています。今週UNRWAの清田明宏保健局長が帰国され、精力的に関係先
を訪問し支援を訴えています。
ハマスは来月1日までに行政権限も返還する予定で、実行支配に終止符が打たれるものと
見られます。両者は12月1日までにパレスチナを統一する「国民和解政府」の発足を目指し
ているが、条件とされるハマス武装勢力の解体については、先送りされているため分断解消は
流動的です。
長年の経済封鎖は若者の就職機会を奪うなど、一般市民生活への影響は大きく、和解成立を
効果あるものにして欲しいと願っています。
局チョー
posted by resultsjp at 12:06| Comment(2) | 情報

生きていくのに本当に必要なものとは…

釜石市で「青葉通り こどもの相談室」相談員をしておりました鈴木です。
日本リザルツのOGとして、時々当ブログに投稿させていただくことになりました。
今後とも、よろしくお願いいたします。

釜石から東京近郊に戻って2週間になりますが、日々、表題の「生きていくのに本当に必要なもの」について考え過ごしています。
釜石に赴任していたときは、20時には(居酒屋を除いて)ほとんどの飲食店が閉まってしまい、22時まで開いているのは2〜3軒だったり、東京近郊にはいくらでもあるような24時間営業のファミリーレストランもなく、不自由さを感じることがよくありました。
でも、東日本大震災による津波で釜石や三陸沿岸部の街が失った、多くの貴い人命や、家、街並み、街の活気、仕事、コミュニティ、生活のことを思うと、まずは「生きていくのに必要なもの」から整備することが先決だという考えに至ります。そして、日本リザルツも一端を担っている「心のケア」の支援は長いスパンで取り組まなくてはならない課題です。そうなると、「便利さ」を追い求めるのはもう少し先のことになります。地域によっては「便利さの追求」が街の外からのエネルギーを受け容れる機会でもあり、街に活気を生んでいるエリアもあります。
2019年にはラグビーワールドカップも開催され、世界的な知名度も上がり、どんどん便利にもなり、開かれた住みやすい街になってゆくのでしょうけれど、その一方で失くさないで欲しいものも釜石にはたくさんあります。
星がキラキラ輝く夜空であったり、のんびりと草を食む鹿であったり、息をのむほど鮮やかな紅葉や、甲子柿や栗や、季節のおいしい野菜や果物や魚介類やお米などなど…
釜石という街が醸し出す「authentic」で「down-to-earth」な雰囲気、生活が好きでした。
都会の喧騒に戻っても、「生きていくのに本当に必要なもの」だけ手元に置いて生きていこうかと考え、「断捨離」を進めています。(OGHS)
posted by resultsjp at 00:55| Comment(2) | 日記