2018年04月08日

学生時代の漕艇部と47年後の現在

筆者は最近若手と高齢者の触れ合い方という観点で、その戦略を検討している。内容的にはまだ私的事象に類する面が強く、渋谷先生からは先輩の個人的な考えに固執しないように更に深堀してくださいというご指摘を頂いている。
今日のテーマもそのラインにある。3月28日には後輩の渋谷教授のミニ熱血講義が行われ、2年後輩で学生時代苦楽を共にしたT君が小生の依頼でリザルツを来訪した。
漕艇部卒業後、大手ゼネコンに飛び込み、世界をまたにかけた大活躍後、現在は日本とミャンマー国の橋渡しの人材派遣事業など、人材教育の実践の貴重な話に若手と加わってくれたことなどを書いた。今日の投稿はその続編である。この思いは今まで誰にも話したことはないが、生き方、高齢者であっても何某かの社会経験に貢献したいという強い希望を持つ筆者の長い人生の出発点である。
なぜ漕艇部に入ったのか、その瞬間からその後の人生が決まり、47年間の基本的な方向性を決定したかと思うと何かの縁、運命を感じる。
それは1971年4月第一週のある日、駒場東大前駅を降り、正面にある憧れの正門を通過したその時だった。偶々顔を合わせた1年先輩から1枚のチラシをもらった。先輩は、今から歓迎コンパがあるから学生会館にこないかと誘われた。
正門左50mのところに会館はあった。そこには筋骨隆々の4年生、2年生が待ち受けていた(3年生は2年前の入試中止で居なかった)。自分は2番目の新入生だった。歓迎会が始まると会場を埋め尽くす将来の仲間、先輩による歓迎会、レースの優勝杯に並々とつぎ込まれたビールを飲んでいくのである。筆者は主将の隣に座った。自分はその瞬間、筆者は、入部を決めた。その日は何処にもよらず下赤塚駅からアパートに走って帰った。孤独な戦いだった受験生時代から逃れ、仲間といる生活の場ができた喜びでうれしさが爆発したのだ。入部後は先輩方は、強く厳しく、優しかった。この大学に入ってよかったと思った。あとは、学業は二の次、4年間ひた走る、いや漕ぎ続ける学生生活が始まったのだ。
そして今若手、後輩との生き方、社会貢献のありかた、働き方を考えている。
                                      (MK生)
posted by resultsjp at 19:03| Comment(3) | 情報

工事がどんどん進みます!

日本リザルツはケニアのスラム街、カンゲミ地区で結核抑止プロジェクトを実施しています。
現在、より良いサービスを患者さんに提供するため、結核検査所を建設しています。

1階部分の外壁工事は終わり、2階部分に入りました。

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まず、丈夫な建物になるよう、鉄筋を組んでいきます。

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そこに、コンクリートを流し込んでいきます。
床が遂に完成しました。

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運動音痴の現場監督のために、階段も急いで整備してくださいました。
これで、2階までの昇り降りも、安全に行えるようになりました。

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来週以降は、2階の外壁工事に入ります。
早く患者さんに施設を使ってもらいたい!と、業者の方が土日返上で作業をしてくださっています。
安全第一で工事が進むことを願っています。
(はるか)
posted by resultsjp at 13:38| Comment(3) | 情報