2014年07月02日

レイテ島 結核調査報告20

さて、今回はババトゴン、カポオカン町のRHU(Rural Health Unit)やTB-DOTSセンターでの調査結果です。

ババトゴンRHU:結核コーディネーターは通常町保健師ですが、このRHUはレイテ州で唯一、助産師が結核コーディネーターとなっています。TB-DOTSセンターはありますが、RHUと完全に隔離されている訳ではなく入口が一緒です。入り口を別にする工事は計画のみで、具体的な時期や日程は未定のようです。

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昨年11月の台風では建物の被害はなく、外のフェンスがごく一部壊れただけで業務には支障がないためか、現時点で修復等の計画がありません。台風被災後から電気の供給が再開されるまで喀痰塗抹検査が実施できず、患者さんたちはバスやバンで約1時間離れているタクロバン市内の病院か、東ビサヤ地域医療センター(EVRMC)で喀痰検査を行っていました。また、台風後の患者数は、昨年の同時期(1-3月)に比べると減っているとのことでした。

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沢山の人でごった返していた待合室でした。

一般的に、結核治療スケジュール等や方法は、保健省が発行しているプロトコールに沿って行っているのでRHU間で大きな差はありません。細かい部分で地域の事情により柔軟に対応しています。例えば、DOTS治療を行う場所がRHU一箇所である町もあれば、RHUだけでなく村のヘルスセンターでも出来る町があったり。また治療パートナーが患者の家族であったり第三者(医療ボランティア)であったり。

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ババトゴン町では、昨日のブログ(http://resultsjp.sblo.jp/article/100882513.html)にあったサンイシドロ町のように、経済的に余裕のない患者に対しては、RHUスタッフが村の役人に働きかけて交通費を工面してもらっています。そのため、毎週RHUに来ることが出来ない、という患者はいません。
どうやらこの町の村役人の力は大きいようで、治療中のドロップアウト患者発生の防止のため、全ての患者から治療開始時に誓約書のサインをとっているのですが、「もし治療を途中でやめてしまうならば、村役人に連絡する」という内容が含まれる誓約書になっています。それらの工夫のお陰で、治療期間中のドロップアウト患者はいない=この施設で治療を開始した全ての患者は、かならず治療を完了しています。

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ババトゴンは抗結核薬や種々の備品等を必要時に州保健局に行く体制が整っており、パロ町から近く、アクセスには問題ありません。ほとんどのRHUで在庫のない抗再燃結核薬、このRHUにも在庫はありませんが、MDR-TB(多剤耐性結核)治療センターが近いため、MDR-TB疑いとなった時点ですぐに搬送しています。ちなみに、MDR-TB患者は現在までのところ症例はありません。小児結核症例はツベルクリン反応薬がないために治療例がありませんが、喀痰検査陽性患者を家族に持つ子どもで5歳以下であれば、検査なしで予防措置を取ることとなっており、現在2名の子どもが予防措置をとっています。

今回お話を聞いた結核コーディネーターは2000年から現職に就いており、2000年当時と現在を比較すると、結核に対する偏見の強かった2000年当時は、現在に比べてRHUが把握している(登録されている)患者さんが非常に少なかったそうです。健康教育や地道なアドボカシーで、少しずつではありますが住民のみなさんのご理解とご協力を得られるようになってきています。

カポオカンRHU:昨年11月の台風で部分的に被害を受け、分娩施設の屋根・天井が飛び、保健省の「Quick fix」予算で修理を行いました。TB-DOTSセンターは、結核患者とRHUの患者を完璧に隔離できるわけではないため、早急に改善措置を取るそうです。

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このRHUは海の傍にあり、RHUの目の前には現在も写真のような状態です。

この施設には常駐の臨床検査技師がおらず、州保健局から週1回、毎週火曜日に派遣されています。電気は昨年12月末に再供給となりましたが、台風直後は保健省から貸与された発電機を使っていました。電気がなく、喀痰検査が出来ない時期にも、結核治療中の喀痰は収集し、検査用のスライドは作成しています。

結核治療のスケジュールや方法、交通費を工面できない患者に対する工夫等も、上記ババトゴン町とほぼ同様です。25年勤務の結核コーディネーターの様々な工夫により、患者さんは皆、予定通りにRHUに来て治療やフォローアップを受けることが出来ています。

このRHUで問題になっているのは、台風後に数名の患者がマニラに行ってしまい、その後連絡がとれなくなってしまっている患者、プライベート病院や医院に勝手に転院してしまう患者です。この施設だけでなく、今回のプロジェクト対象地域であるレイテ州全域に言えることですが、プライベートの病院や医院で治療をすることは一種のステータス(治療費を払える人が通うことができる=お金持ちしか治療することが出来ない)となっており、この町では、RHUで治療を開始したにもかかわらず、途中で勝手にプライベート病院・医院に転院し、お金がなくなるとまたRHUに戻ってくる、という患者への対策に頭を悩ませています。
更に、臨床検査技師が毎週火曜日にしかこない(=喀痰検査は毎週火曜日にしか出来ない)ことで、これにより相当数の患者が検査、治療の機会の良いタイミングを失うことに繋がっています。

結核再燃患者はこの施設では治療せず、パロ町の治療センターに搬送しています。2012年に1件の再燃患者症例がありその際はセブの施設に転院させようとしましたが(当時、東ビサヤ地域にはまだ施設が無かったため)、結果再燃結核に対する治療ではなく、普通の結核治療を再度行っただけに終わりました。
その患者には子どもが5人おり、お子さん達にツベルクリン検査をするように勧めましたが、お金がないとのことで何の対応もされませんでした。しかしながら、「お金があっても、あの患者さんがRHUに治療に戻ってきたかどうかは微妙だわ」と結核コーディネーター。小児結核患者は2013年に2例で既に治療を完了しています。

結核患者に対する偏見は根強く残っている。助産師は担当の村で健康教育、アドボカシー、カウンセリングを行い、偏見を軽減する方向に働きかけています。しかしながら、コミュニティレベルでは、今なお自身が結核患者であることを隠しながら生活している患者さんたちがいるのです。

ちなみに、1989年、彼女が結核コーディネーターになった当時のカポオカン町の結核の状況はというと・・・@現在は1錠にまとめられている治療薬は、多剤であった、A結核に対する偏見が非常に強く、自身が結核に罹っているという事実を受け止めることが出来ない感じがいた、B患者数は現在よりも少ない、C結核というものに対する知識がなかった、そうです。

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(wku)
posted by resultsjp at 02:51| Comment(0) | フィリピン
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