2016年10月01日

旅便りvol5@ケニア キスム

皆さま、こんにちは。
キスムまで移動してまいりました、白石です。

※WiFiが弱く写真がアップロードできませんでした...

キスムは、ケニアの第2、第3の都市と呼ばれていますが、ナイロビのような”シティー”ではありません。
ナイロビが商業都市、キスムが工業都市、エスンバが農村というのが私の中の勝手なイメージです。

本日(9/30)の朝一でナイロビからバスに乗り、バスで8時間程。夕方前にはキスムに到着していたので、ぶらぶらと散歩してきました。

フードマーケットには、多くの人で賑わっており、特に夕方という時間帯だからなのか歩けないぐらいでした。
そして少し離れると、工場がたくさん並んでいます。農耕具やペイント関連、パソコン機器など、製品は多種多様です。

そして、Edwardにオススメされた「Hippo Point(ヒッポーポイント)」へ。
中心街からバイクタクシーで10分ほどです。値段はたった、50Ksh(=50円)

ここは文字通り、”カバ”に出会える場所、ケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれたアフリカ最大の湖、「ビクトリア湖」です。

日本の旅行代理店でもここでのクルーズを含むパックが販売されているとか...

見渡すかぎり、湖!でした。
私が行ったのが、ちょうど夕暮れ時で少し雲がありましたが、綺麗な夕日が水面に消えてゆくのが、見られました。
改めて、ここがアフリカで、アフリカはとても広いんだな、と感じました。

肝心の「カバ」ですが、夕方でもう船は出せないと言われてしまい、目にすることができませんでした。
キスムならエスンバから1時間程度なので、またチャレンジします。

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バスの車内で雑感を書き留めているノートを見返してみました。ノートに挟んであった、どこかのレシートを発見しました。頭の中にすーっと蘇ってきた記憶…
これを書き留めたのは、エスンバからさらにウガンダ側の商店街?といえばいいのか、数個の店が並んでいる場所「ジャンクション」(きっとジャンクションなのだろう。)にある小さな商店、Edwardがお手伝いをしているこの商店の倉庫の中でした。
夕方の豪雨に襲われ、空は真っ暗、雨宿りのために倉庫に入っていました。
小さな倉庫の中には、数人のケニアの方々、スワヒリ語で話すので全く意味がわからない…。
それを聞き流しながら、スマホの小さなあかりでノートを照らして書きました。日にちはわかりません。そんなことが日常茶飯事だったのです。

以下、その時に書き留めていた雑感です。私個人的な意見です。

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私は今ケニアの西側、実にナイロビから計10時間、乗り合いバスを乗り継ぎ、やっとたどり着く村「エスンバ」に住んでいる。ここは電気、水道のインフラはもちろん無い。これぞ、アフリカの農村と言っていい。ナイロビでTICAD VIに出席した後すぐに、この地にやって来た。早1ヶ月が経っている。
TICAD VIはある意味で異次元の会議だった。初のアフリカ開催、参加者は1万1千人を超えたという。安倍総理のスピーチやナイロビ宣言には「アフリカに、3年間で300億ドル」などいくつかのプレッジを含んでいた。
これらは日本におけるアフリカ開発の大きな一歩であることには違いない。
 
 しかし、議論されるべきは本質的なことであるべきである。人は数ではなく、それぞれに背景と物語をもち、それぞれの人生の主役であることを忘れてはいけない。アフリカ開発・支援に関わる民官学NGO問わず、すべての団体は、数字と文字がいっぱいの報告書をまとめることに必死になっている。しかし国際協力の本質は、数字で表すことは難しい「幸せで可能性にあふれた人間らしい生活」を創造することにある。決して収入、何とか率何%だけではないはずだ。

 ここエスンバに住む人々は自給自足、自然・共同体に近い生活様式をしていた。もし仮に、それを絶定的貧困からの離脱のため、「自己消費作物から換金作物へ」と看板をつけ支援を行えば、その手のノウハウがない彼らはわずかには収入を得ることができるだろう。
がしかし、以前より貧しい食物しか手に入れられなくなるかもしれない。これは支援によって貧困になり不幸になっているのだ。
それでも支援した側の報告書には大きく「収入の増加」と記載することができるのである。

 では、本質的な支援とはどんなものだろうか。包括的で柔軟性を持ち、持続的な人間らしい生活を目指す支援のことだ。しかしそれらはあくまで手段であって、目的ではない。「私はこの人たちを幸せにしたい」という「始めの炎」を持ち続け、振り返れば野心的で革新的な支援の形になっているのかもしれない。
 
 私ひとりにできることは小さいかもしれない。しかし目の前のことを当たり前にやる。それが世界に貢献していることになる。見て見ぬ振りはできない。本当に”人間らしい生活”とはなにか。それを探し求め、それを目指すのが我々の重い重い責務なのではないのか。そんな思いでケニアの田舎の村エスンバ、小さな商店の倉庫に山積み置かれる砂糖の麻袋の上でレシートの裏にこの文章を書き留めている。

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書き留めた後に、ジャンクションからEdwardの家までの1時間と30分、真っ暗の道を歩いたことは忘れていません。(これは日常茶飯事のことではなく、いつもはバイクタクシーで15分です。)

電波から離れ、電子書籍も読めず、新聞もない、話す言葉はスワヒリ語、私に話しかけるときだけ英語になります。私はカタコト英語しかできません。

こんな暮らしをしていると、こんなことを考えつくのかもしれません。
読み返しても、納得します。

以上、写真のない更新で申し訳ありません。長文読んでいただきありがとうございました。(白石)
posted by resultsjp at 03:30| Comment(3) | 情報
この記事へのコメント
これからも、現場で感じたことをどんどん届けて下さい!
Posted by せつこ at 2016年10月01日 07:30
心に響きました… ありがとう
Posted by sam at 2016年10月01日 17:51
白石大使はすごいですね
Posted by なまはげ at 2016年10月01日 20:11
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