2016年10月10日

釜石生活C 〜震災の記憶〜

東日本大震災から5年7か月経ちました。
釜石の市街地には、新しいお店やホテルが建ち並び、前を向いて進む街のエネルギーを感じます。
ラーメン屋さんで横に座った60代くらいのご夫婦は「お互いに連れ合いをなくした者同士の再婚」だと話してくださり、ショッピングセンターのフードコートの隣のテーブルには若いパパとママに連れられた小学校低学年のお子さん、と思ったら、男性から女性へ「無理にお母さんになろうとしない方が早く仲良くなれる」というような言葉かけをされていて(その他の会話からも、ママが津波の被がい者であることが分かりました)、いろいろなところで、震災で大切な人をなくされた方々の家族再生の物語を目の当たりにします。

辛い体験ではあるけれど、震災の記憶を自ら語り部となり伝えていく活動をされている方がいらっしゃいます。釜石市鵜住居にある「宝来館」という旅館の女将さんです。
震災直後、孤立してしまったその集落の方々が集まって、知恵を絞り助け合って、お風呂の残り湯でお米を炊き飢えをしのいで救助を待ったというエピソードをニュースで見ました。その宿の女将さんが、宿泊客の希望者に対して、当時のことを写真、動画とともにお話をされていると知り、ぜひ一度参加したいと思い、問合せをしたら「朝8時15分からでよろしければどうぞ」とおっしゃっていただき、行ってまいりました。

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建物は建て替えられ新しくなっています。かなり高台にあり、昭和の大地震の時も、集落の避難所だったそうですが、東日本大震災では2階まで浸かってしまったということです。女将さんも逃げ遅れた人を連れに戻った際、一度は波にのまれたのだそうです。
集落は何日も孤立して、自衛隊の救援隊が山側から道もないところを助けに来てくれて助かったのだそうです。その隊長は、ハイチの大地震で活躍した方だったそうです。
30分ほどのお話がいったん終了し解散した後にも、大漁旗の話題、ハイチでのリザルツの活動、毎月の募金のこと、ラグビーワールドカップを釜石で!の活動のお話などに花が咲きました。イボンヌ・チャカチャカさんの話題を出すと、「そう!外国の方と心が通じるんですよね!」と共感されてました。

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裏山の避難道は車椅子でも登れるように整備してほしいと森林組合に頼んだら、子どものアスレチック広場と組み合わせることで、整備できるということで、ところどころにツリーハウスを作ったりできることになったのだとか・・・

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笑顔が素敵で心のきれいな女将さん、そしてアイディアマンです。
この出会いを大切に、これからいろいろなことをご一緒にやっていけたら光栄です。車(セダン)
posted by resultsjp at 17:04| Comment(3) | 東北復興支援
この記事へのコメント
素敵な出会いですね
Posted by せつこ at 2016年10月11日 11:32
いい笑顔!
Posted by なまはげ at 2016年10月11日 11:51
素敵なお話ありがとうございます
Posted by sam at 2016年10月11日 23:52
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