2017年04月04日

ナイロビ生活vol1 "帰って来ましたナイロビ編"

皆さま、こんにちは。白石です。

第3回スナノミキャンペーンが始まる前、エスンバコミュニティメンバーをまとめて行った"Essumba Family Meeting"、もちろん第3回スナノミキャンペーンについて熱い議論を交わしたわけですが、もうひとつ議題がありました。それはエドワード家族へのお手伝い料についてです。

「コミュニティのためだから、お金はいらない」とエドワードは一点張りする。しかしあまりにもお世話になっているので、何かお返しをしなければいけないという思いから、私が議題にあげました。

「お金ではない、何かで」と議論を進めるなかで、
「キャンペーン後の4月初めから、カカメガの家を引っ越すから、それを手伝ってくれ。」
チャリティからそんな提案がありました。

そんなこんなで、第3回スナノミキャンペーン終了日26日の夜にはカカメガに向かいました。それから5日間、荷物の整理から庭の大掃除、荷物の運搬(新居までは歩いて数分)まで、全てをこなしてきました。

新居も長年使われておらず、埃まみれで、電気ケーブル類は盗まれていました。屋根裏の登ってケーブルをつなぎなおしました。しかし電力会社(Kenya Power)の作業員が全く姿を見せず、電気がつくところをみれませんでした。

私の働きにチャリティもきっと喜んでくれたと思います。

引越し作業は3月31日夜まで続き、翌日1日の昼過ぎにはキスム発ナイロビ行の飛行機の中のはず。にもかかわらず、31日夜はカカメガ泊。エスンバに置いてきてしまった(これは間違いでした)荷物の山は全くパッキングされていませんでした。

4月1日のスケジュールは
早朝カカメガで起床、すぐにケニアンティーをがぶ飲み、エスンバに向かいパッキング、昼の2時にはキスム空港に向かうという、怒涛のスケジュールでした。

ちなみに、カカメガ-エスンバ間は2時間ほど、エスンバ-キスム空港間は1時間ほどかかります。

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キスムからナイロビまでは40分ほどのフライト。
9×4の小さな飛行機に乗り込み、さぁ寝ようと思っていました。

なんだか揺れが酷く、常にグラグラしている機内では眠れませんでした。

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そして大都会ナイロビに着きました。
エスンバとは大違いです。

@スーパーマーケットがある。
エスンバで買い物をするといえば、小さな商店です。なんでも売っている(野菜から文房具まで)コンビニのような便利なお店がたくさんあります。ナイロビではスーパーマーケットです。カゴを持って、商品を手にしながら店内を歩き回り、レジに持っていく。英語がしゃべれない店主と拙いスワヒリ語でオーダーする必要はありません。素晴らしいですね。

A街中で人達が英語喋っている。
エスンバでは英語が喋れる人は一握りです。基本はルヒヤ語です。Deniseが少し日本語を喋るように、私もスワヒリ語が自然と出てくるようになりました。Deniseに「スワヒリ語、喋れるの?」と聞かれたら「キドーゴ(ちょっとね)」と答えます。

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エスンバにいる間、「日本に帰りたい」という気持ちより「ナイロビに帰りたい」と思っていました。
それだけエスンバ-ナイロビでの違いが大きく、日本-ナイロビの違いが小さいのか、身をしみて感じました。

長くなってしまいました。次回はナイロビ生活vol2 "デニスと大親友になろう編"をお送りします。

しらいし
posted by resultsjp at 16:36| Comment(1) | 情報
この記事へのコメント
更新楽しみにしています!
Posted by まないた at 2017年04月04日 18:35
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