2022年02月10日

ミャンマークーデターから1年:和平への道は民主派と国軍の対話

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 ミャンマーで国軍によるクーデターが起こってから1年が経ちました。軍が政権を握って以降、国民は大規模なデモを繰り返しましたが、国軍による弾圧が増すにつれて、国民の反応も表立ったデモからストライキなどへ変わっています。

 クーデター発生から1年で犠牲者は1500人を超え、累計1万2000人以上が不当に逮捕されているとのことです。また、国連の推計によると、これまでに40万人以上が国内避難民となり、1440万人以上が人道援助を必要としているそうです。

 昨年3月の開発ジャーナルにおいて、京都大学の中西教授がクーデター発生の2つの要因を指摘しています。1つ目は、国軍がアウンサンスーチー政権に対して不満を抱いていたということ。2つ目は、国軍のメンツを潰されたことです。1つ目について、スーチー政権の発足は、約50年ぶりの民主政権の発足となり、世界から注目が集まりました。しかし、政権運営能力が乏しい側面もあり、選挙前の公約を果たせていなかったため、国軍は政権運営に腹を立てていました。2つ目は、202011月に民主派が大勝利を収めた総選挙で、国軍は民主派の選挙違反を主張していました。しかし、これらの主張は全てスーチー政権側に無視されたため、国軍は自分たちの尊厳をないがしろにされたとし、クーデターのきっかけとなりました。

 先日、ブルキナファソでも軍によってクーデターが起きましたが、着実な民主化のためには、やはり反体制派との対話を地道に続けることが必要だと実感しています。今年の開発ジャーナル2月号では、日本リザルツが大変お世話になっている日本・ミャンマー友好議員連盟会長の逢沢一郎衆議院議員の寄稿が紹介されていました。逢沢先生はここで「国軍も、民主派も頭を冷やして暴力を停止し、東南アジア諸国連合(ASEAN)の仲裁努力を受け入れ、話し合いのテーブルにつくべきだ」と対話の重要性を訴えられていました。私も、まさしく双方が話し合いのテーブルにつくことこそが、ミャンマー情勢が好転していく第一歩になると感じています。日本政府には引き続き、国軍と民主派それぞれとの関係を保ちながら、より一層の対話促進に努めることを期待しています。



 以下にクーデターが起こってから1年で何が起きたかを、年表にまとめています。


2021/1/26 国軍報道官が記者会見で国軍クーデターをほのめかす

2/1 国軍によるクーデター/非常事態宣言/首脳40名が拘束

2/3 不服従運動が本格化/デモ参加者への弾圧が始まる

3/27 国軍記念日の式典/抗議デモへの弾圧で100人以上が犠牲に

3/31 犠牲者が500人超える

4/13 犠牲者が700人超える

4/16 国民統一政府(NUG)が樹立

4/18 ジャーナリスト北角裕樹氏が逮捕(5/13に開放)

5/5 NUGが武装闘争のために国民防衛隊を結成

5/19 犠牲者が800人超える

6/8 日本の衆議院本会議でミャンマー軍事クーデターに対する非難決議を採択

6/16 サッカーミャンマー代表ピエリアンアウン選手が帰国を拒否

8/18 犠牲者が1000人超える

9/7 NUGが武装闘争を宣言

12/6 拘束中のスーチー氏に対して禁錮4年の有罪判決

1/31 犠牲者が1500人を超える


そのだ


参考文献

開発ジャーナル 20213月号、20222月号
posted by resultsjp at 20:29| Comment(1) | 情報
この記事へのコメント
ミャンマーにいまもいる大学時代の友人と家族が、衣食住の確保はもちろん、安全で尊厳のある生活ができているか心配です。
Posted by 崖から落ちたボニョ at 2022年02月11日 00:26
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