数学者として著名な広中平祐氏が3月18日逝去されました。94歳でした。ご夫人は、日本リザルツ理事で元参議院議員・環境庁長官の広中和歌子さんです。
広中氏は、京都大学卒業後、主に米国で研究生活を続け、1970年には数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を取りました。フィールズ賞という名前をこの時初めて聞かれた方も多いのではないでしょうか。
(フィールズ賞のウェブサイトから)
数学者としてハーバード大学、京都大学で教鞭を執られ、京都大学数理解析研究所所長を務めたほか、山口大学学長にも就任されました。
また、子供たちの数学教育の振興にも力を入れ、数理科学振興会を設立し、「算数オリンピック」を提唱されました(https://www.sansu-olympic.gr.jp/about/)。
広中氏は30歳でハーバード大学の博士号を取られましたが、早熟の天才が多い数学の世界では遅いと言われたそうです。そのことを年下の仲間に揶揄された広中氏は、「俺は哲学をやってきた(から学位が遅れた)」と言い返したそうです。ご自分のことを「努力と根気の人」と評しておられます(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD072DQ0X00C23A6000000/)。
広中氏は半生を振り返り、日本人の特長は忍耐力である、ということを力説してこう語っておられます。「最近の若い人はいつの間にか欧米人に影響をされて、誰よりも早く、だれよりも奇抜な、人がビックリするような最先端の、そういう意識が意外と出はじめてきているように思うのです、、、人生というのは長いんです、、、そんなことで生命力の無駄遣い、、、無理をして人生を速める人は80代になったときには後悔します。、、、日本人の凄さはですね、“忍耐力”なんです。必ずしも一番にならなくてもいいんです、二番でもいいのです、三番でもいいんです、三番になるということは凄いことじゃないですか。」(https://www.math.kyoto-u.ac.jp/alumni/bulletin1/hironaka.pdf)
平凡な私たちにとっても大いに力づけられる言葉です。またリザルツにとっても、「継続が力である」ということを改めて気づかされました。
和歌子さんとも仲が良いことで知られていますが、金婚式のお祝いの席で「これまでで一番優れた論文を書いて妻に捧げる」と宣言、何年か後に実際、論文を完成させて約束を果たしたというのはその一つだと思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。
また国際保健にお詳しく、かねてご指導いただいていた元衆議院議員・国家公安委員長の松本純先生が3月19日、逝去されました。まだ75歳で、昨年秋に副総裁特別補佐に就任されたとお伺いしておりました。大変残念に思います。ご冥福をお祈り申し上げます。
(GAVIアライアンス・エヴァンス事務次長と訪問)
http://resultsjp.sblo.jp/article/63436793.html
