1回目は、配布対象の3600世帯のうち、政府が用意した永住住宅には住んでいない近隣のスラムの人々600世帯に配布しました。
彼らは、昨年閉鎖されたアロマゴミ捨て場のスラムから強制撤去された人々で、現在はアロマゴミ捨て場だった所のすぐ隣の新たなスラムにバラック小屋を建てて暮らしています。
20年前のスモーキーマウンテンの強制撤去、アロマゴミ捨て場の強制撤去。
政府がスラムを何度閉鎖しても雇用や社会保障による問題の根本解決をしないことによる負の連鎖がここにあります。
【新しいスラム】
私たちと大量の米を乗せたトラックが到着した時には、既にたくさんの人が待ちわびたように列を作っていました。
さっそく米をトラックから降ろして配布の準備に取り掛かります。
配布時には、日本人で結成されたフィリピン政府公認のマニラの消防団 FJERA(Filipino Japanse Emergency Response Association Inc )の鈴木小隊長とアシスタントの方も、警護に駆けつけてくれました。
私たちは、消防団の方々、現地のボランティアさんと共に1回目の600世帯の配布を無事完了いたしました。
米配布の傍ら白須代表はひたすら、いつもの現地ドライバーとともに、集まった人や周辺の人々から結核や栄養の情報収集に走り回っていました。
翌日の1月22日、2回目の米の配布です。
2回目は3000世帯の永住住宅の住人への配布となります。
前日の1回目より5倍の世帯数ですが、2回目はバランガイスモーキーマウンテンの職員の方々が中心となっての配布でしたので事前準備やオペレーションは完ぺきでした。
バランガイの職員は、システマティックに、何棟の住人は何時に米を受け取りに来ると事前に通知していて、その時間に続々とスモーキーマウンテンの住人が訪れて、チケットと引き換えに米を持って帰ります。
バランガイの職員は、予め用意していた棟と部屋番号がかかれたリストから、米を渡した人の部屋番号を蛍光ペンで塗り潰し米の二重受取防止を徹底していました。
フィリピンのたくさんのバランガイで支援物資の配布活動をしてきましたが、スモーキーマウンテンのバランガイが一番きっちりした管理体制でした。
私たちもバランガイのスタッフと共に、たくさんの人々に米の配布を手伝いました。
白須代表もバランガイスタッフのTシャツを着て米の配布に参加しました。
【バランガイキャプテンと】
3000世帯への配布時間は長時間に渡り、本当に大変でしたが米を受け取った多くの人々からタガログ語で「Maraming Salamat po(本当にありがとう)!」とたくさんの感謝の声や笑顔を いただき、その度に元気をもらいました。
これからも私たちはフィリピンの貧困に苦しむ人々に貢献する活動を続けて行きたいと改めて決意を固めることができた活動となりました。
今回の支援にご協力いただきました方々、寄付を頂きました方々には心より感謝申し上げます。
